【ネタバレ注意】NOPE ～動物の環世界と映画を見る観客の誤解～

ジョーダン・ピール『NOPE』

♨️いやー面白かった！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！

👼はいはい、というわけで今回取り上げる作品はこれまでに『ゲット・アウト』（2017）『アス』（2019）を手がけたジョーダン・ピール監督による最新作『NOPE』です。

♨️あ、いやまずはそっちじゃなくて。

👼え？

♨️こちらです！

www.iwanami.co.jp

ユクスキュル／クリサート『生物から見た世界』

👼ユクスキュル／クリサート『生物から見た世界』ですね。そういえば♨️さんNOPE観る直前に読んでましたね...

♨️これがもう面白くて面白くて。

👼上のリンクの紹介文を読むと、

甲虫の羽音とチョウの舞う，花咲く野原へ出かけよう．生物たちが独自の知覚と行動でつくりだす〈環世界〉の多様さ．この本は動物の感覚から知覚へ，行動への作用を探り，生き物の世界像を知る旅にいざなう．

とのことですが、本書では1つの絶対的な世界を想定せず、動物の知覚や行動に条件づけられた環世界がそれぞれあるんだと提起しています。この説に基づいて描かれる生物の環世界の豊かさがこの本の大きな魅力になっていますね。

♨️そうですね。そのあたりの主張を本書の中から抜き出すと次のようになります。(p.28~29)

ここでわれわれが研究しようとする動物の環世界（Umwelt）とは、われわれが動物の周囲に広がっていると思っている環境（Umgebung）から切り出されたものにすぎない。そしてこの環境はわれわれに固有の人間の環世界にほかならない。環世界の研究の第一の課題は、動物の環境の中の諸知覚標識からその動物の知覚標識を探りだし、それでその動物の環世界を組み立てることである。

（中略）

われわれはともすれば、人間以外の主体とその環世界の事物との関係が、われわれ人間と人間世界の事物とを結びつけている関係と同じ空間、同じ時間に生じるという幻想にとらわれがちである。この幻想は、世界は一つしかなく、そこにあらゆる生物がつめこまれている、という信念によって培われている。

👼人間が環境と呼んで世界の全てのように思っているものは、実は人間の環世界でしかないのだということですね。

♨️そして、本書の後半では次の主張がなされることになります。(p.143)

したがって、環世界には純粋に主観的な現実がある。しかし環境の客観的現実がそのままの形で環世界に登場することはけっしてない。

（中略）

こういうわけで、いずれの主体も主観的現実だけが存在する世界に生きており、環世界自体が主観的現実にほかならない、という結論になる。

主観的現実の存在を否定する者は、自分自身の環世界の基盤を見抜いていないのである。

👼うんうん。

♨️また、本書の訳者あとがきでは、日高敏隆が次のように述べています。(p.165)

「環世界」というユクスキュルのこの認識は、「環境」ということばが乱れ飛んでいる現在、ますます今日的な、そしてきわめて重要な意味をもつに至っている。

人々が「良い環境」というとき、それはじつは「良い環世界」のことを意味している。環世界である以上、それは主体なしには存在しえない。それがいかなる主体にとっての環世界なのか、それがつねに問題なのである。

👼うーん、鋭い指摘ですね。

♨️本書で描かれている生物の豊かな環世界についてはみなさんに実際に読んで楽しんでもらうとして、このことを深く自分ごととして体験させてくれる映画が、こちらの作品です。

nope-movie.jp

ジョーダン・ピール『NOPE』

👼これまでに『ゲット・アウト』（2017）『アス』（2019）を手がけたジョーダン・ピール監督による最新作『NOPE』ですね。以下公式サイトの紹介文から抜粋します。

舞台は南カリフォルニア、ロサンゼルス近郊にある牧場。亡き父から、この牧場を受け継いだOJは、半年前の父の事故死をいまだに信じられずにいた。形式上は、飛行機の部品の落下による衝突死とされている。しかし、そんな❝最悪の奇跡❞が起こり得るのだろうか？何より、OJはこの事故の際に一瞬目にした飛行物体を忘れられずにいた。牧場の共同経営者である妹エメラルドはこの飛行物体を撮影して、❝バズり動画❞を世に放つことを思いつく。やがて起こる怪奇現象の連続。それらは真の❝最悪の奇跡❞の到来の序章に過ぎなかった･･････。

♨️では、ここからはネタバレありでNOPEについて語っていこうとおもいます。

↓

丸い円盤が空を飛んでいるだけでUFOだと思ってしまう私たち

♨️まずこの映画の一番の見どころは何といっても飛行物体ですね。

👼いや、本当にまさかでしたよ。UFOだと思っていたらそれ自体が人食い巨大生物だったなんて...

♨️そうですよね。より細かくいうと、まずはUFOとして見えていたものが、中盤での主人公OJによる「目を見なきゃ食われない」という指摘以降はまるで巨大な目の怪物のように見えるようになり、最後OJとエメラルドが対峙したときにはクラゲのような生物として姿を現します。そして、このようにあるものだと認識していたものが実は全然別のものだったということが本作では繰り返されています。つまり、本作は映画を通して、映画を見る観客（主体）の環世界がもたらす誤解を描いた作品なのです。そのあたりを考えるにあたってまず参考にしたいのがこちらのブログです。

numagasa.hatenablog.com

ここでは、NOPEが「わくわく動物ムービー」として読み解かれています。

👼『ゆかいないきもの超図鑑』の著者でもあるぬまがさワタリによる感想ブログですね。流石、いきものについての本を書いている方の文章だけあって面白いです。

チンパンジーのゴーディ

♨️なかでも今回とくに取り上げたいのが、作中に登場し、撮影現場を地獄絵図に陥れたチンパンジー、ゴーディについての記述です。以下に引用します。

現実にはチンパンジーはとても複雑な内面をもった動物で、心優しい一面を見せてくれることもあれば、暴力で敵を抹殺することもあり、接する際は人間の方も細心の注意を払わないといけないのだが、視聴者にウケればいいエンタメ界ではそんなことはお構いなし。『ゴーディ家に帰る』の製作陣と出演者たちは、そのツケを最悪の形で支払うことになったわけだ。

（中略）

アメリカでも日本でも共通するのは、人間が動物を自分の都合で勝手な枠組みに押し込めて「消費」しようとする態度である。その「枠」は物理的な意味でもそうだし、その感情を勝手に決めつけることも「枠に押し込める」姿勢のひとつだ。

ここでは、作中のチンパンジーに対する扱いについて、人間の「枠に押し込める」姿勢への批判がなされています。これを、最初に取り上げたユクスキュル／クリサート『生物から見た世界』風に言いなおすと、チンパンジーの環世界を考慮することなく、人間と同じように扱ったことが悲劇へと繋がったという説明ができると思います。ここでもあるものだと認識していたものが実は全然別のものだったという主題が繰り返されているのです。

誤解としてのオマージュ

♨️このあるものだと認識していたものが実は全然別のものだったという罠は、劇中の至るところで仕掛けられています。例えば、宇宙人の襲来だと思ったらジュピター・パークの子どもたちによる悪ふざけだったり、エイリアンかと思ったらカマキリだったり...

👼馬かと思って食べたら作り物だった、もありましたね。

♨️本作では、各所にオマージュが散りばめられていますが、これらもそういった罠として考えることもできます。おそらく日本でオマージュとして一番指摘されているのが後半の『AKIRA』のようなバイクシーンです。黒人女性がバイクで警察のテープをぶち破りながらAKIRAスライドを決めるシーンはたしかに名場面のひとつでしたが、同時に、バイクをスライドさせながら止まる映像をどうしてもAKIRAオマージュとして見てしまう観客の自分についても意識させられてしまいます。

👼なるほど、観客の視覚に起こることと映画のテーマがここで重なってくるわけですね。

♨️こうした既存のイメージに当てはめて対象を認識してしまうという私たちの（視覚がもたらす）環世界の過ちについて、本作は反省するきっかけをつくってくれています。UFOは乗り物ではなく生物かもしれないし、カマキリはエイリアンではないし、黒人によるカウボーイの伝統は存在するし、エルフやマーメイドが白人とは限らないのです。

本当にGジャンは"見て"いたのか

♨️さて、以上のことを踏まえたうえで本作がどのように受け止められているのかをみてみると、どうも「見る／見られる」の関係から読み解かれていることが多いようです。例えば、こちらの記事を読んでください。

realsound.jp

👼小野寺系「『NOPE／ノープ』に込められたテーマを徹底考察　逆転した“見られる者”と“見る者”の関係性」ですね。タイトルにもある通り、「“見られる者”が“見る者”に“復讐する”というエピソードの連なり」として本作を捉えています。

♨️ここで問題にしたいのは以下のくだりです。引用します。

そのように考えれば、テーマパークにおいて飛行物体を利用して「見世物」にしようとしたリッキーや観覧者たちが、同様の“復讐”に遭うのも道理なのではないか。そして飛行物体は、「ナホム書」の一節にあるように、これ見よがしに頭上から「汚物を投げつけ」、逆に勝ち誇ったかのように「見世物にする」のである。本作は、“見られる者”が“見る者”に“復讐する”というエピソードの連なりから成っているのだ。OJは、そのメカニズムの一部に気づき、“見る者”にならなければ飛行物体に襲われないという結論にたどり着いたことで、下を向き目を合わせないようにする。そうして、一命をとりとめることとなるのだ。

（中略）

OJとエメラルドは、劇中で目を伏せることをやめ、自分を支配しようとする“目”に対し、決然と視線を向ける。自分たちこそが映画を支配し、支配されてきた悪しき伝統を破る。

ここでは、まるでGジャンが「“見る者”に“復讐する”」目そのもののように扱われてしまっています。

👼ふむ...

♨️しかし、Ｇジャンをそのように捉えることは、他ならぬＧジャンを人間の「枠に押し込める」姿勢そのものなのではないか。先に引用したぬまがさワタリの文章にあったような「人間が動物を自分の都合で勝手な枠組みに押し込めて「消費」しようとする態度」がここでも繰り返されてしまっているのではないでしょうか。また、「見る／見られる」の関係でいうならば、私たち映画の鑑賞者は紛れもなく見る側です。この文章ではその観点がすっぽりと抜け落ちてしまっているように思えるのです。

👼うーん、なるほど...

♨️思い返してみると、そもそもGジャンがなぜ目の象徴のようになったのかって、主人公OJによる「目を見なきゃ食われない」という発言があったからですよね。しかし、この発言はたまたま馬の習性になぞらえることがこの生物を理解するのに少し役立ったのと、OJたち自身の恐怖心を抑える効果を狙ったものであり、実際は馬とGジャンの環世界はかなりかけ離れたものです。

👼そう考えると、アレにGジャンって名前をつけたのもそういう狙いがあったからかもしれないですね。

♨️てかOJがＧジャンって名前をつけたのめちゃくちゃ妹のためでしょ！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！まじ最高だったなあのシーン！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！まあそれはさておき、あらためてGジャンについて考えてみると、肝心のGジャンにとっては人間に見られているかどうかはどうでもよく、実際は人間の目が食べものの印になっているように思われます。（人間の体全体ではなく）目がGジャンにとって食べものと認識できるものなのです。そこに、見られることの拒否感や復讐心などは読み取ることができないはずです。

結局Gジャンってどんな生物なの？

♨️では結局Gジャンってどんな生物なのでしょうか。映画のパンフレットを読むと、そのヒントをいくつかもらうことができます。以下に少し抜粋します。

Gジャンには下側に開口部がひとつあり、それは常に開いている。直径約75メートル（250フィート）ほどの巨大な穴だ。緑色の四角い目は、船殻の奥深くに位置している。あまり長く見つめていると吸い込まれてしまう。

Gジャンの動き方を自然界に即するものにするために、製作陣はカリフォルニア工科大学工学部教授ジョン・ダビリの意見も取り入れている。新しいテクノロジーを生み出すのに役立てようとクラゲや鳥の生体系を研究しているダビリ教授を囲んで、イオン推進や水中動物の生態などについて話し合いながら、Gジャンの動作に繋げていった。

Gジャンの動きや性質について想定していることをピール監督が説明すると、ダビリ教授はクラゲに似たものを感じ、クラゲが効率的に動き、食欲旺盛で、目立たず、とても軽量であるのだと説いた。

👼他にも「新世紀エヴァンゲリオン」や「折り紙」からの影響が語られていますね。

♨️まあそういった色んな参照元のちゃんぽんで出来ているってことですね。

👼なんすか急にその雑まとめは。

♨️すいません...じゃあ例えばクラゲについて軽く調べてみると、京都水族館のサイトが見つかりました。

www.kyoto-aquarium.com

👼お、ちょうど口や目についても書いてありますね。

多くのクラゲは傘の内側の中央に口があります。目はありませんが、触手の付け根に眼点と呼ばれる光を感じる器官を持っています。明暗の区別はつくということですね。

♨️まあ、クラゲの環世界をそのままGジャンに当てはめるのは明らかに間違っていますが、少なくともGジャンもクラゲと同じように、人間とはかなり異なった世界の見え方をしているに違いありません。Gジャンの環世界はまだまだ分からないことだらけなのです。

イメージの束縛から異なる環世界へ

♨️まとめると、本作はいかに私たちが既存のイメージに囚われてものを見ているか伝えると同時に、その外側についても教えてくれています。なにをしてくるか分からないチンパンジー、なぜか垂直立ちしている靴、空から馬や人間を捕食する生物、そう、これは恐ろしくて愉しい異なる環世界（＝『生物から見た世界』）への招待でもあるのです。